カロノロジー会の掲示板

32618
~今道先生公認読書会~


お読みください!


日程,テキストなど,決まり次第,アップいたします。



~ 次回:2017年6月、7月の予定 ~
 テキスト:決まり次第、ここで、お知らせします

次回、出席予定 - taro

2013/01/23 (Wed) 22:46:29

担当箇所

8.美の経験

P186  「美の位相」    
P188
「われわれが木々の配置と庭石、池の結構など、構図の美を味わうことによって、庭園のたたずまいを見るならば、造園術のおもむきを味わうことになる。  色づいている葉と散ってゆく落葉の対照を空を背景に眺めているだけならば、自然美を味わっていることになる。そうなれば、自然美と芸術美は、外的な対象の差によるのではなく、意識の構えによって出てくるものではないだろうか。」
P190「美は色々の位相を持つことは確かであるが、それは対象論的に、事物の側によって決定されるのではなく、意識の構造如何によって区別づけられてくる。」
P191「美を意識するのは、日常的な意識構造の中断」
P192「日常、気のつかなかったある輝きへの注目であり、その瞬間は、意識は行動体系から離れて、その輝きに向かう。 行動体系の意識方位を水平的な運動とすれば、それを断ち切る輝きへの意識の方位は、垂直的な切断である。」
 続く

Re: 次回、出席予定 - moyamoya

2013/01/24 (Thu) 22:03:55

☆「美のさまざまな位相は…(中略)…意識の方位差によって成立する」(『美の存立と生成』vi頁)
美をどう感じるか・捉えるかは、各人それぞれ異なるということでしょうかね〜。。。

Re: 次回、出席予定 - hama[k]en

2013/01/25 (Fri) 09:26:57

「感じ方・とらえ方は人それぞれ」

という正しい現実を全面肯定してしまうと、

美について考えるのも、むなしくなりそうですが、

実は、おもしろくなると思います。


位相か類型か範疇かナニか知りませんが、

行き着くところ、何人かで、

同じ作品を、同じ時に・同じ場所で鑑賞し、

同じ美、例えば「同じ崇高さ」を感じた、

と認め合い、意気投合して、盛り上がっても、

それぞれが感じた「同じ崇高さ」が同じである

と証明する手立てがないことが......


「感じ方・とらえ方は人それぞれ」の底に

横たわってるような気がします。




個人的には「同じ」の扱い方が重要で微妙、

また「人それぞれ」感度はバラバラでも

美的範疇の概念は客観的に

余裕で成立すると考えています。



Re: 次回、出席予定 - moyamoya

2013/02/09 (Sat) 21:41:53

「感じ方・とらえ方は人それぞれ」だけれども、

同じ「何か(作品)」に「気持ちを動かされた」ことには

間違いないと思います。(あたりまえ???)

その「何か(作品)」はAさんにとっては楽しく、

Bさんにとってはとても悲しく感じるものだったとしても、

「本当」にそのように感じたのならば

どちらかが間違いだとか、嘘だとかは、ない気がします。

しかし、それを感じさせたその「何か(作品)」は

確かに同一力(物)です。

そしてそれは、各人の個を介さなければ

存在(表出)できない性質がある気がします。

「何か(作品)」は同じでも、他に惑わされることなく、

各人の個による「本当の」感想をそれぞれが持たなくては

本当にそれを共有できない仕組みになっている気がします。

だから今道先生は、

「私はこう思う、君はどうか?」という

問いかけをしていたのではないかと考えています。。。

Re: 次回、出席予定 - taro

2013/02/14 (Thu) 15:29:56

P207の註によると「意識構造の差によって美の種別が成立する」は、1956年に出来上がり、いろいろと論争があったようですね。 「自然美」については、「美の位相と藝術」にもあります。 個人的には、「意識と本質」(井筒俊彦)と方法を比較したい。 ラテン文化のアウグスチヌスについては、この本では、言及があまりないですね。

美の経験の補足 - taro

2013/02/18 (Mon) 00:37:42

「美について」8章の補足。 「講座 美学2 美学の主題」の「1章 自然」に自然美やデュフレンヌの美学や作品の例(小林古径の絵)があり、「講座 美学3 美学の方法」の9章の構造主義にデュフレンヌの構造主義批判(フーコー、バルト、レヴィ=ストロース)がありました。 また、1956年のヴェネチアで国際美学会議については、「知の光を求めて」(中央公論新社)P106
修道院については「生活の高潔さは充分評価しますが、教会
の代表的哲学者トマス・アクィナスと相違する説が出ると、それを不遜だ、とみるような雰囲気がこれほど強いのなら、ここは私の居場所ではない、という思いが、約六ヵ月めごろから、根づいてきました。 修練期はテスト期間 一年間」
(P81)

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